気付け薬

「気付け薬」といえば、気を失った淑女の鼻の下に何かを当てがう小説や映画の中のシーンが思い浮かぶ。小瓶の蓋を取って直接かハンカチに垂らしてだったか、いろいろあったと思うが、実物の気付け薬は見たことはない。現代で薬局へ行って気付け薬をください、と言ったら何がでてくるのだろう。酒屋さんに行ってください、と言われるだろうか。気を失う女性のスカートは内側に骨を入れて膨らませたスカートだが、考えてみるとあれで倒れたらどうなるのだろうか。骨が支えになって背中は床、脚はスカートの中で宙に浮くという、ちょっと滑稽な姿になる。化学の実験のときアンモニアの臭いを嗅いで、物理的な打撃を受けたような衝撃を受けた記憶があるから、あれであれば一辺に目が覚める。
先日、散歩中に危なく失神するところを咄嗟の機転、自慢のようだが機転だったと思う動作で失神せずに済んだ。失神は失神そのものもさることながら、倒れ方によって頭や体に大きな打撃がある。膝から崩れていくなら衝撃が少ないが棒のように倒れたら危ない。
その日は曇っていて蒸し暑かった。散歩を始めて三十分くらい経過していただろうか。風もなかった。立ち止まって、帽子の頭頂部を摑んで顔に風を送った。被っていたのは野球帽タイプだが、昔から帽子で扇ぐときには頭頂部を持つのが決まりというのは刑事の聞き込み必携にも載っている。扇いでいるときにくらくらとなった。もともと音がない一帯だが、足下でモモがはあはあいっているのだが、それが遠くになっていった。咄嗟に手に持っていた帽子で顔を覆った。それで、しゃきっとなって足を踏ん張って倒れずに済んだ。あのとき棒のように倒れていたら今頃どうなっていたかわからない。
今まで散歩に被る帽子はたまには洗濯をしていたが、このことを教訓として絶対に洗濯しないことにした。