墓参り

墓参りに孫一を誘うことが多かった。孫一も気軽に一緒に行ってくれた。今でも誘えば一緒に行ってくれると思う。でも、最近少し躊躇する。一緒に行くとなるとひ孫一も一緒なわけで、もう八才なので、「死」というものがあるらしいこは分かっているだろうから、お墓参りとなれば改めて、死とはどういうものだろう、と考えると思う。何だか怖い、と考えると思う。ひ孫一が最後に参列した葬儀は2014年6月のわたしの義父の葬儀だから、ひ孫一は三才。火葬場にも一緒に行って、お骨を拾うところも見たはずだが、三才では、見ただけで終わっていると思うのだが。その後の葬儀、義理の妹と義母の葬儀には参列していない。

砂糖醤油

餅は砂糖醤油で食べることが一番多かった。好きでもある。きな粉や海苔でも食べたが、そちらは多少改まった感じだった。醤油が滲みているが、醤油に溶けてしまうのではなく、砂糖として固まっている状態の、そこを餅で掬って食べていた。甘さが魅力だったのだろうと思う。手っ取り早さも抜群。

鳥、とは限らないようです

何年も通っている散歩のコースだが、最初に行ったときには、勇気が要った。人里離れた、というわけではないが、歩く人は散歩の人だけ。田んぼの季節には作業の人も見かけるが、広い田んぼの中にぽつんとひとり、ときどき見かける、という程度だ。道路は舗装されているが幅は車一台分で、抜け道にもなっていないから、ほぼ通らない。

道路わきが、雑木林の斜面になっているところがある。そういうところを歩いているときに、斜面の裾の藪ーー歩いているすぐ横になるーーの中、斜面の少し上の辺り、そういうところで、ガサガサという音がすることがある。そのたびにびくっとして、何が出て来るか、と身構えた。ももも身構える。地面の上にいる動物だから四足に違いない、鬼が出るか蛇がでるか、という心境(鬼も蛇も四足ではないから、変な喩えだが)。何も出てこないのでささっと通り過ぎていた。あるとき、ガサガサという音の辺りに、鳥が歩いているのを見た。おお!鳥も歩けばガサガサという音を出すんだ、と目から鱗が落ちた。それで少し安心した。そのうちに、ガサガサという音にも、鳥だろう、から鳥に違いない、に進み、今では、鳥だ、ということになっている。どきっとすることも身構えることもない。

が、しかし、その歩き慣れた道に、写真のような看板が立った。写真は2019年2月7日に撮ったものです。それからは、その道からは田んぼ一枚分、数十メートル離れている、川の土手を歩いている。もし出会ったら、ももは絶対に吠えかかるだろうから、そうしたらイノシシも黙ってはまい。ももは、抱き上げればイノシシとの肉弾戦は避けられると思うが、わたしの足が危ない。イノシシの牙は、ものすごく鋭いそうだから、一刺しされたら出血多量になるに違いない。

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「一年のうちいちにちだけ」

2002年1月29日生まれと2003年1月28日生まれの孫ーー二人は従兄弟ーーが、武家屋敷の庭でチャンバラの真似をしている写真(フイルム写真)を、つい最近二、三か月以内だと思うが、引き出しの中にアルバムではなく一枚だけあるのを見つけて、こんなところにあったのか、と思った。その写真を昨日から探している。元見つけた場所にない。しっかり保管しておこう、と別の場所に移した、という可能性も大きいが、別の場所とはどこか。それらしきところを探したけれど見当たらない。これを書いた後でもう一度探すつもりだけれど、今までの探す作業で、不要なものをかなり処分できた。

この二人の孫は、「一年のうちいちにちだけ」同い年になる。

つうじる

ひ孫一と歩き始める。歩き始めながらひ孫一のいる側の手を下ろす。一秒か一秒半後に、ひ孫一の手がわたしの手を掴む。それ以上待つ事もないし、逆にわたしの手が降りて行ったときそこにひ孫一の手があることもない。必ず、わたしの手が降りるとひ孫一が手を掴む。わたしもひ孫一も相手の手を見てそれにあわせて自分の手を動かしているわけではない。歩道を並んで歩くときは車の通る側をわたしが歩くから、道路を横断して反対側の歩道に移ったりすると、ひ孫一が反対側に廻ることになる。一緒に歩いている間に何回かそういうことがあるが、「わたしが手を下ろす。一秒か一秒半後に、ひ孫一がわたしの手を掴む」というふうにして手を繋いで歩き始める。

年男

明けましておめでとうございます。

ずっと「六回目」と考えていました。貰った年賀状のうち、年男についての言及があたのは二通でしたが、「六回目の亥年を迎え七回目まで行けるか?」「お互いに六度目の年男」と、どちらも今年を六回目とした記述でした。わたしも「六回目」と考えた記述で出しました。どこかで、生まれた年も亥年だったのだからそこが一回目の年男なのかな、という考えが浮かびました。ここまでは本当です。

それで、六回目か七回目か考えているうちに日が経過して最初のブログが今日になりました、というのは嘘です。一月二日に撮った写真を二枚。

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