季節を感じる音

ラジオ体操第二の何番目かに、水平まで振り上げた両手を、手のひらをいっぱいに広げて勢いよく振り下ろして、開いた両足の腿の外側を叩く種目がある。このときに音がします。寒くなると、この音がだんだんくぐもってきます。夏は薄物一枚を隔てただけで、あるいは直接に、手のひらがももを叩きました。いい音がします。いい音がすると、気持ちが良くて、さらに力いっぱい腕を振り下ろしますから、ますます良い音がします。「するどい破裂音」です。公園でピストルの撃ち合いでも始まったか、といったところです。近くの家のそそっかしい人が110番に「公園で数十人の老人がピストルの撃ち合いをしている」という電話をして、パトカーが十台ほど駆けつけたことがある、と嘘だと思いますが、ラジオ体操の古老が言っていました。気温が下がってくると、厚手のズボンになり、さらにズボンの下に何か穿き、その何かも厚手のものになっていき、さらにズボンの下の何かが複数枚になる、とこんな具合で、腿をたたく音は、鈍くなっていきます。
これは音で季節を感じる例ですが、同じ場所で同じ音を聞くことを何年も続けていると、音から分ることがあります。散歩のコースの途中で、高校のグランドの横を歩きます。野球部が練習をしています。だいたい四月頃ですが、この頃グランドから聞こえてくる−−グランドは道路より高いところにあるのでプレーは見えない−−球音を聞くと、夏の甲子園の予選の何回戦までいくか、がわかります、というようなことも、もしかすると、この道の達人ならば、あり得るかもしれません(「この道の達人」は「その道の達人」の間違いではありません。「高校野球の達人」という意味ではなく「グランド沿いのこの道路の達人」という意味ですので)。