『一億三千万人のための 小説教室』高橋源一郎

あとがきより

 わたしたちの生きる銀河星雲を想像してください。
 中心にある、濃厚な星の群れ。それが普通の小説なら、それらを中心に、遥か円盤上に広がり、そしてさらに、薄くなって、虚空のその果てまで漂っていく、星屑やガスのようなむすうのことば、それらが、しめやかな宇宙の進行の中で、いつか凝縮して、新しい星になり、重力に引き寄せられて、やがて銀河の一員に連なるのなら、幾億千万のそれらを、わたしは「小説」と呼びたいと思います。
 「小説」とは、小説の素になるもののことです。
 小説を作る素はどこにあるでしょう。それは他の小説の中にではなく、小説宇宙の周りにある、星屑やガスのようなことばの中にこそ存在しているのです。
 小説の歴史は、その星屑やガスが、すなわち「小説」であったものが、小説というものに変化していく歴史でした。
 あなたが学ぶべきことば、読むべきことば、自らのものとすべきことばは。小説の狭い小宇宙の中、ではなく、もっと広い「小説」という大宇宙の中にあるのです。
 ならば、あなたの書く、新しい小説の芽は、「小説」の中に、いまひっそり息づいているのではないでしょうか?