小説のような

(『小説のように』となるとアリス・マンローですが)

散歩の途中でうっかり引き綱を離してしまったら、モモが道路沿いの雑木林の斜面を登って行ってしまった。追いかけても逃げるのは今までの経験で分かっているので、我慢してその位置で待ったが、出てこない。引き綱が木に絡まれば出てこられないから、いつまでも待つわけにいかず斜面をよじ登った。少し登ったところに、人が住んでいた跡があった。木立の間に長方形の空き地があり、二辺の長さが一メートル弱と三メートル強の長方形で高さが八十センチ、そういうものにビニールシートを掛けてロープで縛ってあった。そのビニールシートをもう少し高い位置に張って屋根にしてそこに住んでいたのだろう。引き払うとき、所帯道具を全部テントの中に入れて屋根にしていたビニールシートでぴっちり隙間なく荷物を覆ったのだと思う。
モモがその空地に出て来た。しゃがんで呼ぶと走って近づいて来るが捕まえようとするとすり抜けて逃げてしまう。引き綱を掴もうとすれば簡単に掴めたのかもしれないが、大きなモモの方が捕まえ易いような気がしたのか、今思えばそうかもしれないが、綱を掴むという考えは浮かばす、ひたすらモモに掴みかかった。三回目でようやく捕まえた。しゃがんだ姿勢から仰向けにひっくり返りながらモモの胴体を掴み、モモも仰向けになり、どこかが痛かったのか、きゃいんと鳴いた。引き綱を着けてから本署に無線で逮捕の報告を入れた。右手人差し指の上面の根元に青あざができていた。私のですよ。
昔、そういう状況でホームレスの人に出会い...という出だしの小説を考えたことがあったが、出会いのあとの展開が浮かばずに終わった。(完成はしなかったが)小説に書いたことの経験をあとからするというのは噂には聞いたことがあるが、経験したのは初めてだ。不思議だった。場所は何回でも行ける分りやすいところだから再訪はできるが再訪するかどうか。再訪したら写真は撮ってくるつもりだ。