むこうとこちら

仏壇の中に三人−−位牌は二つだが写真は三人−−いて、チンと鳴らすときに、多勢に無勢引っ張られてしまうな、と思うのは、むこうとこちらでの綱引きを思い浮かべるからだ。先日、綱引きでなくてシーソーではないかという考えが浮かんだ。むこうに三人乗っているので私の側が上がっている。この世に浮上できている。そうも考えられると思った。理由はわからないが、むこう側がひとり降り、二人降り、三人降り、ということで、こちら側が下がるのだろう。むこうの皆さんのおかげで私が生かされている、というと説教臭くていやだ。こちらが重いと下がるので食べ過ぎに注意という健康面の教訓にすべきではないかと思う。
運動会の種目でいえばフォークダンスが楽しいと思う。四人で円を描いて踊って曲が終わったときに立っていたところがむこうかこちらか、ということ。
こういったことをあれこれ考える私の心持は「ふるさとへ廻る六部は気の弱り」だ。