舎人ライナー

「運転手は君だ 車掌は僕だ あーとの四人は電車のお客」のお客の人数は記憶では「よん」か「ご」。文字数からみて二文字の数字(「ろく」や「なな」等)ということはないだろう。「九」では人数として多すぎるように思う。「四」か「五」に絞られる。「四」はふつうは「よん」だが「人」とくっついて「よにん」というところが子供には難しいかもしれない。その点からは「五」が有利なのだが、濁音でないほうが、軽やかなメロディーに合うと思うのでお客の数は「よにん」だと思う。(ここで調べてみます)。
やはりお客は四人でしたが「あーとの四人は」ではなく「あーとの四人が」でした。ここで「は」と「が」の違いを考えてみるに「が」の方が〈選抜する、指名する〉という感じが強い。「は」の場合は〈割り振った〉という感じだ。運転手で比べても「君は運転手だ」と「君が運転手だ」とでは、後者が、なった方は奮い立つだろう。だから「あーとの四人は」ではなく「あーとの四人が」の方が、お客になった子供も「よっし、お客になれた」と張り切るだろう。よく考えられた「が」だと感心した。
「は」と「が」に話がそれたが、「運転手はいない 車掌はいない 乗ってるみんなが電車のお客」というのがこの歌を舎人ライナーに当てはめた場合の歌詞になる、ということを書きたかった。2013年6月21日、雨もよいの日だったが、舎人ライナーに乗った。先頭車両の一番前も客席だった。試しに乗ってみた。


「行ってきまーす。見送り出迎えは無用でーす」

「写真撮って」

その写真。


自転車の前に立って自分からポーズ。「撮った?」とたずねる。逆にカメラを向けると「写真撮らないで!」と言うこともある。間違える人はいないと思いますが、女の児です。着ている服の取り合わせは孫一の選択です。なかなかいいですね。

追記
電車の場合は「運転士」でバスは「運転手」だと聞いたことがありますが、どうだったでしょうか。「士」で敬意を表すだけの職責があると思いますが、だとしたらバスも「運転士」だと思います。私の見た広辞苑では特に区別していませんでした。