じっと見る、凝っと通帳を見る。

郵便局の中の椅子に座って、郵便局の外のベンチに座って、郵便局の前の歩道に立ち止まって、通帳を、じっと見ている人がいる。
ときとして漢字が、その文字が持つ意味(のようなもの)を好まれて、ひらがなでも良い部分に使われることがある。「こけおどし」的な感じがする場合も多い。が、通帳をじっと見るときの、じっとには、凝っと、がふさわしいと感じる。ふさわしい、とタイプしたら、相応しい、と出てきたのだが、これ辺りは、こけおどし的に感じられなくもない(わたし自身、使っていることがあるのだが)。
石川啄木はどう書いているか。ローマ字日記を書くような人だから「じっと」に違いないと思う。調べてみる。歌集では次のように表記されているそうだ。「ぢっと」でした。

はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る

『火花』の神谷がこう言うかもしれない。
「なあ、徳永、お前は、手を見る派やろ。手見たらあかんのや。手見たらファンタジーになってしまうんや。そこは、財布か通帳見なあかんのや」