錯覚

スーパーで氷の浮いた水槽の中にあるサンマをトングで挟んで透明なビニール袋に入れて口を縛る。袋に入れるときは、ビニールの外側にサンマが触れないように慎重に袋の中に落とし込む。ビニールの外側にサンマに付いていた水が付くと、ビニールの口を縛るときに、その水が手に付いて、手に魚の生臭さが付いてしまう。

慎重に慎重にビニール袋の口を大きく広げてサンマを落して、よし大丈夫、とビニールの口を縛ろうとするときに、手の指先に水を感じた。そんなはずはない。納得できない。念のために指先を目の前に持ってきて、さらにこすり合わせてみた。濡れていない。サンマにビニールの外側から触れたときのヒヤッとする感覚で、濡れた、と思ってしまうのだと思う。濡れる可能性のある場面で、濡れたら嫌だなと思ってもいるからだろうが、「冷たい=濡れた」と思ってしまうようだ。

ふたり旅ーーここは待たせる側の誠意の見せ所

ふたり旅の間に、わたしがトイレ(個室の方)に行く回数が多くて、ひ孫一には迷惑をかけた。待っててね、と言ってはくるが、時間が経過すると、まだ小さいから、じいじまだー、じいじいるのー、と訊いてくる。個室のすぐ外ではなく男子トイレの外からだけれど、ひ孫一は良く透る声をしているので−−授業参観のときに、大きな声でないのに教室の後ろの方まで明瞭に聞こえたのに感心した−−通常の大きさの男子トイレだったら、中まで聞こえてくる。困ったな、と最初のときにはちょっとだけ迷ったけれど、待たせる側としてはここで黙っているわけにはいかない、とすぐに決心がついた。凛ちゃんちょっと待っててねもうすぐだからね、と外まで聞こえるような声で−−とはいっても大音声とまではいかず、わたしの声らしきものが届けば良いかな、といった声量で−−返事をした。
関西空港の搭乗口のすぐ前の待合室にいるときも、わたしがトイレに行っている間に、放送があって、空港に着いてまず機械から発行された搭乗券を受け取ったときに、おっ、今度はAB(来るときはCD)だから外が見られるよ、と話していたので分ったのだと思うけれど、それにしても今思うと良く分かったな、という気もするが、AとFの座席のお客様とそのお連れのお客様は機内にご案内します、という放送を聞いてトイレの外まで来て−−そのときは少し離れた椅子のところで待たせていた−−じいじAとFのお客様が何とかと言ってるよ、飛行機行っちゃうよ、と良く透る声で呼んでくれた。それにしても、あの放送で呼びに来たのは、今度の旅でだいぶ成長したのかもしれない、と改めて思う。それは、前日のフェリーの中でひとりで風呂に入れたこととも符合する。風呂のことはまた改めてにしますが、「三列通路三列」という席の乗り物ではCDというのは隣りは隣りでも通路を挟んだ隣り、になる。何か人間関係のひとつの型として「CDの間柄」というようなものがありそうな気がした。

こだわり

明日オープンの「コメダ珈琲店」と隣の「ブックオフ」の境界には、ブックオフ側に看板−−塀も兼ねているのだろうが−−が立っており、「BOOK OFF HARD OFF」と店名が書いてある。コメダ側からはその看板の裏が見える。今月の始め、その看板のコメダ側に足場が組まれた。本体の建物はほぼ完成した後だったので、急遽コメダ側にも看板を立てることに決まったのか、と思っていた。数日後には足場が取れたが新しい看板は立っていなかった。良く見たらブックオフ側の看板の裏側が塗られていた。「コメダカラー」とでもいうのか、建物と同じ色調に塗られていた。全体は焦げ茶色で、四、五本ある丸い支柱は濃い目のオレンジ、といった色に塗られていた。

運動会

22日予定の運動会は、雨で24日に行われました。「プログラムNO.16野菜を育てたよ(創作レース)」という競技で一着になりました。「三つ葉、四つ葉、五つ葉、クローバー三種セット」の神通力でした。ありがとうございます。
ピストルの合図でスタートします。スタートとゴールの中間地点にダンボールの箱が競技者分だけ置いてあります。どの箱にも、野菜の絵を書いたカード(といっても30×40センチくらいの大きさ)が、おそらく五枚くらい入っています。カードには種類の異なる野菜の絵が描いてある。競技者はダンボール箱の中から一枚とってそれを頭の上に掲げる。全員が掲げたところで(だから、中間地点までは速さを競うわけではない)、コース外の椅子に立っている上級生(ラッキーな競技者を決める役)が、競技者と同じ五種類のカードの中から一枚を引いて頭の上に掲げる。上級生が選んだ野菜の種類と自分の選んだ野菜の種類が一致した競技者は、ゴールへ向かって走る。同じ野菜を選んだ競技者が複数いることはあるから、ここからは競争になる。一致しなかった競技者はスタートに戻ってからゴールへ向かう。こちらも競争になる。
ひ孫一の選んだカードの野菜と上級生の選んだカードの野菜は一致した。しかも一致したのは、ひ孫一ひとりだけだった。他の競技者が全員スタート地点を目指して走り出すところを、ひ孫一ひとりがゴールへ向かったわけて、「歩いても一着」という状況でしたが、ゴール寸前で中間地点まで引き返す、という事件があり、ぎりぎりの一着でした。選んだカードを中間地点のダンボール箱に戻してくる、という決まりになっていたところを、持ったまま来てしまって、そこで着順別誘導員(一着担当は一着の子に駆け寄って一着のところへ座らせる、例のあの役目。この辺、昔と変わりませんね)に注意されて、置きに戻ったとのこと。何とか一着に踏み止まることができて良かったです。
ひ孫一の選んだカードの野菜は「ブロッコリー」だったそうです。それから、カードは一番上にあるのを取ったそうです。一番上にあるんだからそれで良いと思った、というようなことを言っていました。

並んだ四角の窓のすべてに円が

横断歩道の前でモモと信号が青になるのを待っていたとき、向かい側の車線を幼稚園のバスが通過した。マイクロバスなので窓の数は十二、三だったと思うが、すべての窓の中に「円」があった。園児の制帽が麦わら帽子のような帽子で、その帽子が円に見えた。円に見える、ということは、こちらを向いていた(室内を向いていた可能性もあるが、記憶では円の中に子供の顔が見えたような気がする)ということになる。ひとつふたつではなく、全部の窓に円が見えた。まだまだ、窓の外に興味があるのだな、と思った。モモを見ていたのかな。