『日本近代文学との戦い』後藤明生

表表紙の題字が「近代」と「文学」の間で改行している。「日本近代」で一行(下には少し小さめの活字で「後藤明生」と入り)、隣の行に「文学との戦い」となっている。「日本近代文学」と続けて読むべきなのか「日本近代」で切って「於ける」を補足して読むべきなのか。背表紙の文字も奥付も含めて「日本近代・文学との戦い」という文字はどこにもない。改行はレイアウト上の都合と考えるのが自然だと思うが。
「あとがきに代えて」の中にこんな文章があった(この本は遺稿集で「あとがきに代えて」を書いた人は乾口達司という人)。

ある日のこと、雑談の折にたまたま「日本近代文学との戦い」に話がおよぶと「二葉亭と漱石を道連れに敵陣に特攻をかけているようなもの。爆弾三勇士だよ、カッカッカッ」と笑っておられた。

これによれば後藤明生自身も戦っていることになる。調べたら、日本では第二次大戦後が「現代」らしいので、文学との係りは現代の後藤明生(1932年昭和7年生まれ)は、近代に於いては文学と戦ってはいないから、後藤明生が戦うなら「日本近代文学と」戦うということになるだろう。
巻末の年譜によると、第一回(1989年)から第十一回までの船橋市文学賞の選考委員を勤めたとのこと。