萱崖

萱崖(かやがけ)は 母のむねにも似たるかな たかきをわすれ ただぬくもれり

息切れがして中腹で立ち止まった英治は今登って来た斜面を振り返った。一面の薄の白い起伏に驚き、反射的に母の胸を思い浮かべた。「たかきを忘れただぬくもれり」がすぐに浮かんだ。しかし「萱」の後ろに付ける言葉には困った。「坂」「斜面」「山腹」。ぴったりくるものがない。母の胸といえば、まだその胸にすがった泣いていた頃によく遊んだ江原の崖にも薄が生えていた。「急」という語感があるのでここの地形とはぴったりしないが「崖」はどうだろうか。「○子さん、崖はどうでしょうかね?」、傍らの女性に訊ねた。「いいと思います」と答えた○子の顔を英治は見て頬が赤く染まってるのに気がついて、英治も顔が熱くなった。
「さあ登りましょう」英治は登り始めながら言った。「汗をいっぱいかいた方がよけい温泉が気持ちがいいですよ」
○子は前を行く英治の背中からその言葉を聞いた。そうだ、汗をかこう、そして裸になろう。○子はそう思った。

http://www.asahi.com/articles/photo/AS20141031004192.html